にぼしちゃん、最近ラジオを聞くことがありまして、
と言うのも在宅勤務がきっかけです。
シーンとした家の中で、仕事していると何だかもの寂しくなってしまって、ラジオがその場を明るくしてくれます。
もっぱら、私はradikoというアプリで好きな時に好きな番組を聞いてます。
特にTBSラジオ「安住紳一郎の日曜天国」は、いつも笑あり、リスナーさんからのお便りの文才にいつも見習わせていただくこと多数。またプロのDJの人へ伝える技術には、同じ社会人として尊敬して感心して、刺激を受けて、なんて感情を抱き聴きながら仕事に取り組めます。
自分にもこんな才能があったら、技術があったら、なんて、思ったり。
さて、そんな「小さな楽しみ」を聴きながら仕事をしてましたら、
突然安住さんが黙ってしまって何事か!と思ったら
どうやら泣いている模様です。
どうされたのでしょうか。
14年前も、今日も、日曜日10時、このビルから放送しているんですね
14年前の2008年、安住さんが秋田のボーリング場でゲームを楽しまれていた時のエピソードを2008年当時放送された内容をこの日の放送で流しました。
実は2008年同じそのボーリング場に偶然居合わせた当時15歳の少女、現在は29歳になられた女性リスナーからラジオにメールがあったようで、、その女性は現在大使館でのお仕事で活躍されていて、TBS前の広場での大使館イベントでそこに訪れたことをきっかけに、ラジオ番組へ当時一緒に写真を撮ってもらったんですとメールを送ったそうです。
TBS社屋のTBSという青い文字を見上げて、「14年前も、今日も、日曜日10時、このビルから放送しているんですね」という文書を読み上げてた安住さんは、次の言葉が詰まって、放送事故か!?と思いきや泣いていて、言葉を発せられない模様。
聞いている方は「なんでここで?」と思う場面でしたが、本人も「自分がこんなに感情が揺れる理由も、ちょっとわかってないんですけど…」という、本当に楽しい、ほっこりとしたエピソードの場面でした。
そして、聞いている私もなぜかもらい泣き。
いやね、
私もTBSの近くでずっと働いていて、
いつもTBS社屋もサカスのその広場も毎日みてきた景色なんです。
そうか、私が赤坂で勤務していた時も、今もあの場所で安住さんは働いていているんだな、と急に自分ごとに重ねてしまいました。
いつもの景色が過去の景色になったとき
社会人になって、もうすぐ42歳です。
その現在20年余りの社会人生活、赤坂勤務だったのは10年間です。
半分もの時間です。
職は最近は転々としてしまってますが、それは最近の話。
氷河期就職世代の私は、転々とできるような社会情勢でなかった期間が長いのです。
しかし、今は新しい職場で働いています。
東京の街並みはすぐに変わって行ってしまいますが、
私が働いていた頃に毎日見ていたTBSで、安住さんはずっと今もいるんだな〜と思ったんです。
いつもテレビで見ている安住さんが、実は近くで働いていたなんて、ラジオの今回のエピソードを聞くまで考えもしませんでした。
それほど、都会とは物理的距離は近くとも、人とのいろんな意味での距離が遠い世界なんだなとも。
何だか、
リモートワークで
新しい職場で
ひとり暮らしで
ずっと1人でいて、人と関われなくて、
滅入ってしまっているようです。
ずっと同じ職場で働けるなんて幸せなことだと思います。
まあ、いいことだけでは決してないですが、
それでも私は周りに大事な人が多く今となってはいい思い出です。
そのいい思い出の赤坂の景色が恋しくなった模様です。
サカスの広場ね。
TBSの看板ね。
情景が思い浮かびます。