YouTubeのPIVOTで、思わずハッとさせられるこんな言葉を耳にしました。
「子供を増やすという点において、男性100人にどれだけ支援しても子供は1人も生まれない。しかし、女性1人の支援で確実に子供は生まれる。」
これは単なる極端な例え話ではなく、生物学的な大原則であり、現代の日本の少子化・地方過疎化の核心を突いています。
男性100人の支援が女性1人に及ばないと言う言葉にすごい衝撃を受けましたが、
もっと腑に落ちる例えでいうと、
- 男100人と女1人の村では、1年で生まれる子供の限界が1人です。
- 女100人と男1人の村では1年で生まれる子供の数は理論上100人です。
田舎の男余りと言うことは実はこの状況が起こっていると言うことで、
女性がそこにいない限り、必ず少子化になる。
社会全体の「子供を産み育てるポテンシャル」の天井を決めているのは、どこまでいっても「当事者である女性の数と、その女性たちが『ここで生きていきたい』と思える環境かどうか」だけなのです。
しかし、いま国が必死に叫んでいる少子化対策やUターン・Iターン支援のきらびやかなパンフレットを見るたびに、私は胸の奥がチリチリと痛みます。
そこには、私のような女性たちが、この20年間で流してきた「血と涙」の現実がすっぽりと抜け落ちているからです。
「アンダークラス」という名のブラックホール
現代の格差社会において、非正規雇用で低賃金、そこから這い上がることが極めて困難な階層を「アンダークラス」と呼ぶそうです。 そのボリュームゾーンは40代〜50代。そして、実は男性よりも女性のほうがやや多いと言われています。
「女性は給与が低くても、結婚して養ってもらっているんでしょ?」
そんな世間のイメージは、完全な幻想です。この層の女性の未婚率は、いまや6割を超えているというデータがあります。 つまり、結婚すら選べず、子供を産むゆとりなど1ミリも与えられないまま、ただ日々の暮らしを維持するために働き続けている女性たちが、この日本には膨大にいる。この層こそが、日本の少子化の「本当の現場」なのです。
私自身、20代、30代のほとんどを、この層のギリギリの境界線で過ごしました。40代に入り、がむしゃらに働いて、やっとの思いで収入と地位を確立し、この暗闇から抜け出すことができました。
でも、ふと振り返ったとき、言葉にならない割り切れなさが襲ってくるのです。
都会の養分として生きた20年と、地元の「IF」
東京の1Kの小さな部屋で、20年以上、ただ一人で生き抜いてきました。
家賃を払い、高い物価を支え、都会の華やかな経済の「養分」として消費され、擦り減っていく日々。その孤独と苦しみは、経験した人にしか分かりません。
ふと地元の同級生たちの噂を耳にすることがあります。 大学へは進学せず、高卒や地元の短大卒のまま、若くして地元の誰かと結婚した友人たち。彼女たちは地元で子供を産み、一軒家を建てて、地域の当たり前の中で堅実に暮らしています。
「こんなに必死に頑張って、心も体もボロボロにしながら働いてきたけれど、都会で得た給与は、地元で生きる豊かさと比べて、本当にそれに見合うだけの差があったのだろうか」
「もしあの時、大学に行かず、田舎で立ち止まって生きていたら、私にも子供がいて、違う人生があったのだろうか」
そう考えてしまう夜が、今でもあります。 大学は東京の大学に進学、いざ就職しようとした当時、地方には女性の求人自体がなく、「短大だったら事務でいいけど、大卒の女性は扱いづらい」と敬遠され、選択肢がなくて東京に残るしかなかった。それなのに、数年経ってキャリアを積んで帰ろうとしても、今度は見合う仕事がない。久しぶりに帰れば、地元に残った人から「普段パソコン使ってるの?へーすごいねー」と、外に出た人間への攻撃的な視線や、無自覚な差別に晒される。
戻る場所もなく、進む先は孤独。そうやって都会に吸い上げられ、結果として「子供を産む人生」の選択肢を奪われていったのが、私のリアルな姿です。
なぜ若い女性は地方から出ていき、二度と戻らないのか
私個人の経験だけでなく、社会全体を見渡しても、地方から若い女性が流出し、二度と戻らないという構造的な課題があります。
一言で言えば、地方には「女性が主体的に人生を選べる選択肢」が少なすぎるのです。
国や地方の自治体は、必死に「移住支援」や「婚活支援」の予算を組んで女性を呼び戻そうとしています。けれど、その中身の多くは「地元の伝統的な男社会」や「古い家制度」を維持するためのもので、当事者である女性の目線に立っていません。
大学を卒業した女性が、東京と同じように自分の学歴やキャリアを活かせる専門的な仕事が地方にどれだけあるでしょうか。女性がリーダー(家督)として尊重され、個人の自由な生き方を邪魔されない環境が、どれだけ保障されているでしょうか。
「本当は地元で、見知った土地で生きていければよかった」
そう願う女性は少なくないはずです。それでも出て行って帰ってこないのは、都会のほうが圧倒的に「自由で、選択肢があり、一人の人間としてフェアに生きていける」という良い側面があるから。
地方が変わらない限り、女性たちが都会を選ぶのは、自分の人生を守るための当然の防衛策なのだと思います。
20年間の1Kの部屋が、私にくれた最高のギフト
1Kの小さな部屋から始まった、私の東京生活。 都会のシステムに「養分」として吸い上げられているような側面は確かにあったし、葛藤がなかったと言えば嘘になります。 ふと地元の同級生たちが20代で家を建てて子供を育てている噂を聞いたとき、「もしあの時、田舎に残り続けていたら…」という人生のIF(もしも)が頭をよぎることもありました。
でも、誤解しないでほしいのは、私は東京での20年間を、ものすごく楽しく、自分の意志で生きてきたということです。
都会には、地方にはない圧倒的な自由があり、刺激があり、一人の人間として自立して生きていくエキサイティングな面白さがありました。がむしゃらに働いて、自分の力でアンダークラスの層を抜け出した経験は、私の大きな誇りです。
20代、30代という世間のいう「適齢期」には結婚しなかった(しなかった、という方がしっくりきます)けれど、40代になったいま、私は最愛の旦那さまと出会い、結婚することができました。
いま心から思うのは、「20代、30代の未熟だった私では、今の旦那さんの本当の良さに気がつけなかっただろうな」ということです。
都会の自由をたっぷり満喫し、自分の足で立って大人の世界をサバイブしてきた20年間。その豊かな経験があったからこそ、私は人として、女性として、物事を深く見つめる「成熟した考え」を持てるようになりました。 だからこそ、今の旦那さんという素晴らしい人を、自分の確かな目で選ぶことができたのです。
若い頃に田舎の当たり前に従って、なんとなく結婚する人生もそれはそれで一つの幸せだったのかもしれません。 だけど、たくさん寄り道をして、東京という街を目いっぱい楽しんで、自分の力で生きてきたそのすべての時間が、今のこの穏やかで、より深い幸せに繋がっていました。
人生に、無駄な時間なんてひとつもありません。 自分の選択を信じて、日々を全力で楽しんで生き抜いた時間は、あなた自身を最高に魅力的に成熟させ、未来のあなたにしか選べない、最高のパートナーを連れてきてくれるはずです。