夢の中でばあちゃんに会えました

10年前に亡くなったばあちゃん。今朝夢に出てきました。

ばあちゃん東京へ遊びにくる

上京してから一度もばあちゃんは東京には出てきていませんが、

夢の中では東京まで会いにきてくれました。

一緒にランチでも食べようとお蕎麦屋さんに入ろうか?としていたり、

ばあちゃんが若い頃東京で訪れたことがある名曲喫茶のような

ちょっと昔の人の中では有名なお店に行きたいと言って、

私がネットで調べてはよく分からない・・・とゆうやりとりをしたり、

夢の中ではばあちゃんはここに行きたいとう主張をしていました。

夢って面白いですよね。ばあちゃんの生い立ちや時代背景からしても実際はあり得ない。

ばあちゃんの若い頃は、

太平洋戦争真只中で、

東京は大空襲で名曲喫茶なんてものはなかっただろうし。

夢の中とはいえ、ばあちゃんに久しぶりに会うことができて嬉しかった。

ばあちゃん子で、ばあちゃんと過ごした時間は長かった。

上京するまで一緒に住んだの18年間、

上京してからもいつも気にかけてくれてお小遣いくれたばあちゃん。

私が30歳になるまで生きてくれていました。

2011年3月はばあちゃん寝たきりに

亡くなる数ヶ月前の2011年3月、春の連休を利用して少し長めに帰省しました。

ばあちゃんはこの頃、病気が発覚し、もう歳なので外科手術はしないことにしました。

そんな中、泣きっ面に蜂か!ってな具合に、

ディサービスの送迎で、車の揺れで背骨が骨折してしまい、

遂に自分の力で起き上がれなくなってしまっていました。

この頃東京は、東日本大震災の福島第一原発の事故の影響で、

電力が不足、夜は計画停電になるといった状況であったことはいうまでもありません。

東京の非常な状況でしたが、長野は同じ日本か?と言う位通常通りの暮らしが営まれており、

ほっとしたのを覚えています。

いつものばあちゃんならば、私の身を案じているところでしたが、

自分の身体がきつくてそれどころではない様子。

大きな地震があったことも、

混乱している世の中の状況も把握できていませんでした。

意識はしっかりして、口は達者なのに身体が動かないので、

家族もいつまでこの状況が続くのか・・と疲れてしまっていました。

帰省した時、私はばあちゃんが寝ている横で私は菓子パンを食べつつ、

それをばあちゃんにちぎって口に入れてあげました。

「ああ、ばあちゃんになってしまったなー」と、

ばあちゃんの自転車の後ろに乗せてもらった頃から今起き上がれなくなる状態まで、

自分の成長と逆走するかのように目に見えて老いていく姿に、

別れの覚悟のような何とも言えない気持ちになりました。

3月の連休の後、次に帰省したのは5月のGW。

その後一回帰れたのか今は覚えていないんですが、

ばあちゃんが病気なので、会えるうちに沢山会いたいと思い、

少しの休みができると帰省するようにしていましたが、

口は達者で、エネルギーを感じていたので、

まだまだ生きるのでは?と思って、

帰省する頻度も減らそうとしてしばらく間が空いたような気がします。

結局そんなに長くはなく、その年のお盆前にばあちゃんは永眠しました。

あれから10年が過ぎた

ばあちゃんがこの世を去ってから10年が過ぎました。

家族の中では、陽のオーラを持っている(他の家族はみんな陰タイプ)存在で、

そこにいると明るい人でした。

ばあちゃんは、人が大好きで、人話すことが好き。

そしてばあちゃんのところに人が集まってくるような人でした。

心の拠り所がいなくなったことは事実なんですが、

いつまでも、今でも自分の心の中を明るく照らしていてくれる存在です。

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